BLOG
about daily life , just about photograph. 日常のこと。つまり写真のこと。


2015.12.30

self

ocean_Dec_2015.jpg

本当に有りの侭でいられるのであれば

頑張らなくてもいい

きっとだいじょうぶ

ocean_01.jpg
posted by GO at 00:00 | memorandum

2015.12.05

release

自分がこうなったら、こうしようとか。

これが出来るようになってから、してみようとか。

勿論、今の足下を確認しつつ、自身と照らし合わせることは必要だけれど。

でも一番大切なことは、そもそも自分はどうしたいのか。

どう成りたくて、どう在りたいのか。

そこなのだと思う。


何事もそうだと思うけれど

上手くいくと思えば上手くいく。

でも上手くいかないんじゃないか、

失敗するんじゃないかと思えば、その通りになる。

だから未だ見ぬ不安を一人で抱え込み過ぎないこと。

何か難しいことをするわけじゃない。

得体の知れぬ不安をただ手放せばいい。

それだけなのだ。


例えば写真は正にそうで。

目の前には不安な未来も、失敗した過去も無くて、

ただ「今」という瞬間しかない。

そもそも見てないところにピントは合わない。

だから、その「今」を見つめてシャッターを押す、というだけ。

至極単純に、それだけのことなのだ。


言うは易し、行うは難し。

こうして言葉にするのはとても簡単。

いきなり手放せなんて言われても、そう意識すればする程、

人は自ら頑になり、それを難しくするもので。

けれども些細な氣の持ち様がけっこう肝要。

だから、

今のままでいいから、

先ずは不安を口から吐かないよう意識するだけ、それだけでいい。


それでも、わかっていても、どうしても、不安が溢れて仕方が無い時は、

安心出来る言葉を耳に入れること。

自分で無理なら誰かの口からでいい。

そんな時は我慢しないで、思いっ切り、溢れるままに吐き出しだして

そして、吐き出したその不安の分だけ

ただ黙って耳を側に寄せ、そこから入れればいい。

急ぐことも焦ることも無い。

一度で足りなければ何度でも、足りるまで繰り返せばいい。

ただ、それだけで、違ってくる。

本当に。
posted by GO at 00:00 | memorandum

2015.12.01

act

blog_moon.jpg

例えば、僕が見ている世界と、あなたが見ている世界は違う。

別にこれは冷たく突き放しているわけではなくて

ただ、人の数だけ世界は在る、ということで。

だからダンスが生まれ

絵画や彫刻が生まれ

ファッションや映画や小説や詩が生まれるのだ。


例えば写真もその一つで。

素晴らしい写真はこの世に溢れているけれど

それらの善し悪しはともかくとして

最高にかっこいいとか、美しいとか愛らしいとか

僕が感じているように撮っている人が、ただ単純に他に居ないから

僕は自分のファインダー越しの世界にピントを合わせシャッターをきる。

そして世界はこんな風にも美しいんだよって

誰かに、その一枚で伝えたいだけなんだと思う。


そんな一つの行為、そのものは、とても小さいことかも知れないけれど

色々と不穏な今のこの世界にあって

芸術と呼ばれているものの為すべきことって、例えばそういうことなのだと思う。


美しいものを好んで壊す人はいない。

愛おしいひとを好んで傷つける人はいない。

喜びや笑顔や感動は、時として年齢も性別も民族も言語をも超えて響き合い

そして分かち合あうことが出来る。

何も特別なことではなくて

ただ、芸術というものはそういう力を持っている。

そして、今こそ一人一人が、その力を発揮すべき時で。


規模の大小とか有名無名とかは関係無い。

躊躇している時間の余裕なんてものも無くて

出来るところから、今、直ぐにでも始めなければならない。

それは芸術や表現に僅かでも関わっている者の、今、生きているこの世での使命なんだと思う。


皆が違うということ

それはユニークで、とても素晴らしいことなんだ。

だから今の自分に出来ることから一つずつ。

先ず一歩踏み出して、とにかく動くことなんだと。



ところで夏目漱石は "I LOVE YOU" を「月が綺麗ですね」とでも訳しておけばいい、と言い

二葉亭四迷はツルゲーネフの「片戀」の "ваша (ヴァーシャ=yours)" を「死んでもいい」と訳した。

同じ月を眺めていても、同じように見えているとは限らない。

けれども、一生に一度くらい、そんな風に誰かと通じ合えたら素敵だな。

例えばそんなことも、大切なひとりへ向けての、ささやかな芸術の一つなのかも知れない。

なんてね。

新月へ向け、少しずつ欠け往く月を眺めながら、ふと。
posted by GO at 00:00 | memorandum