BLOG
about daily life , just about photograph. 日常のこと。つまり写真のこと。


2015.12.17

inside

写真を始めた当時、

僕はいつもモータードライブ付のNew FM2にNEOPAN PRESTO1600を詰めて撮っていた。

広告写真家の専属アシスタントを始め、それが3年目に入った春、

ハービー・山口さんの「代官山17番地」という写真集に出逢った。

それは全てRolleiflexという中判カメラで撮影された作品で構成されていた。

アシスタント当時の僕にとっての中判と謂うと、

スタジオにあったハッセルとかアサペンというのが定番だった。

ハービーさんのRolleiで撮影された正方形の中は、僕が知ってるそれらとは違い、

なんとも柔らかい空気を纏った光に満ち満ちている感じがして、

初めてそれを見た自分の頬が、思わずほっとした笑顔で緩んだような、

そんな優しい感覚になったことをうっすら覚えている。

そして、その時、初めて聴いた「Rollei」という名前の響きも、

口にするにも、耳にするにも、まるで愛しい人の名前のようで、何だか心地好く感じられた。

ノートリミングの写真の縁にたまに見える「ILFORD」というフィルムの文字も、

それまで「Fuji」と「Kodak」しか使ったことのなかった僕には、

見た目も含めて、ちょっと格好良い響きに思えた。


アシスタントの僕にとって、当時Rolleiは気軽に手を出せる値段では無かったが

いつも機材購入でお世話になっていたカメラ屋の中古セールが開催された時、

ひやかしがてら立ち寄った僕の眼に、ちょっと魅力的な値段の国産の二眼レフカメラが写った。

AIRES Automatというロゴが入っていて、レンズはNikkor Q 1:3.5 f=75mm。

ちょっとだけ値引きをしてもらい、ILFORDのフィルムを数本買ってカメラに詰め、街へと繰り出した。

いつもの一眼レフなら、フィルム1本で37、8枚は撮れるところ、

120のブローニー1本だと12枚しか撮れない。

そうなると何だか少し緊張してしまい、最初のシャッターが押せないままぶらぶらしていた。

ふと通りかかったビルの入り口に、ハービーさんの写真展開催中というポスターを偶然見つけ、

そのままその会場へと足を踏み入れた。

するとそこにはまさかのハービー・山口さんご本人の姿が在った。

福山雅治さんを被写体とした写真のみで構成された写真展だったこともあり、

会場内は沢山の女の子たちで大賑わいで。

ちょっと場違いかな…と一瞬思ったけれど、

いやいやこれは何かの縁だと、思い切ってお声掛けをさせて頂いた。


写真集「代官山17番地」がとても好きだということ。

その正方形のフォーマットに憧れて、自分もこの二眼レフを買ったこと。

フィルムもILFORDにしてみたこと。

そしてもし良かったら、失礼で無ければ、ここでハービーさんを撮らせて頂けますかと。

穏やかに興奮しながら一氣に話すと、にっこり笑って

「詰めてるの400?ここの光でシャッターどのくらいになるかな?」

「(絞り)解放で・・・30分の1くらいだと思います」

「お、そうだね、大丈夫かな?じゃ、何処で撮ろうか?ここら辺でもいいかな?」

そう言って、ハービーさんはご自身の肩から提げていたLeicaを構えてポーズをとってくれた。

初対面でいきなり撮らせてくださいと言っておきながら、いざそうなると緊張するもので。

おまけにそれまで写真展に夢中になっていた女の子たちにも何故か注目されてしまい、

その緊張も最高潮。

お待たせしてはいけないと慌ててピントを合わせ、必死に手ぶれを抑え、2回シャッターをきった。


翌日は撮影が無かったので、早速スタジオの暗室に籠らせてもらい

フィルムを現像して、プリントを仕上げた。

腕もまだまだ未熟だった上に、そんなこんなの極度の緊張で、

ピントがハービーさんではなく、後ピン…つまり後ろのポスターにきてしまっていたのだけれど、

今となっては自身の写真にとって、とても佳い想い出となっている。

herbie_yamaguchi.jpg

それから数年が経ち、僕は写真を始めて10年目の節目となる写真展を東麻布で開催した。

最終日の前日、所用で立ち寄った渋谷のPARCOの地下で、

山崎まさよしさんを撮影した写真で構成されたハービーさんの写真展が、これまた偶然開催されていた。

流石にそこでハービーさんとの再会だなんて謂う上手いことは起こらなかったけれど、

会場にあった感想ノートに、開催中の自分の写真展のDMを挟み込み、

あの時、撮らせて頂いたことへの御礼と、

この嬉しい偶然への想いをさらっと書き残し、会場を後にした。


その翌日、自身の写真展最終日。

もしかして来てくれたら…何て淡い期待を抱きつつ、

あの時、撮影したハービーさんの写真を、六切りのバライタ印画紙に焼いて会場に持参した。

クロージングイベントも企画していたので、早めに会場入りし、その準備をしていると、

入り口前に一台のバイクが止まった。

バイクに乗ってくるような知り合いなんていたかなと考えながら眺めていたら、

ヘルメットを外したその人は、まさかのハービー・山口さんだった。

持参していたその写真を持って挨拶し、写真をお渡しすると、

「わぁ、バライタで焼いてくれたんだね。嬉しいなぁ。そして若いなぁ、僕…何年前かな?」

なんてにこにこしながら、少し話しをした。


それから更に10年ほどが過ぎて、今の僕のデスクの横には、

少しくたびれたRolleiflexが静かにぶら下がっている。

デジタル全盛の今だからこそ、相手としっかり向き合って、呼吸を合わせるように撮る

焦らず急かさず穏やかに優しく向き合う。

そんなことをもっと努めて意識して大切にしなければいけないのかも知れない。



何はともあれ、先ずは相手と会って話すところから、初めて全てが始まる。

相手の眼をしっかりと見つめて話すこと。

今と謂う時代は、会わなくても、そして電話で話さなくても、

液晶画面上の言葉だけで簡単に遣り取りは出来るけれど、

事務的なことならそれで済ませてしまっても充分な時もあるのかも知れない。

けれど、自分にとって本当の事は、相手の眼を直に見て話さないと見えてこない。

相手にも。

そして自分にも。

もっと謂うなら、相手の眼を見て話せないことは、自分にとっての本当では無いのだと思う。

変えるべき、そして氣付くべき何かに黙って蓋をして遣り過ごそうとしているだけなのだと。

時として、相手の眼を介して自分が見る自分自身の姿を見たく無いこともあるかも知れない。

無意識に避けてしまっていることに氣付くかも知れない。

けれども、本当と謂うものは、そんなところにこそ潜んでいるものだから。

そして、そこと向き合ってこそ、本当の一歩が踏み出せるのだと。


色々と未熟だった、けれども熱だけは帯びていた自分がプリントした昔の写真と向き合いながら、

当時のまだまだ至らない自分のことをふと想い出した。
【Photographの最新記事】
posted by GO at 00:00 | Photograph