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about daily life , just about photograph. 日常のこと。つまり写真のこと。


2015.12.13

vision

風景写真を見ることは好きだけれども

其れを自分で撮ろうとは、あまり思ったことが無くて。

具体的な理由が在るわけでは無いのだけれど。

ただ、此処で誰かを撮ってみたいと感じる風景に出逢うことが、極々稀にある。

否、感じる...というより予知夢と謂うか、

白日夢の様に具体的な映像で見える、と言った方が感覚的には近いだろうか。

その時に見えている人は、未だ出逢っていない人で、

そこで終われば、空想とか妄想とかで片付いてしまうことかも知れないけれど、

必ずと言って良い程、その後、そこで撮ることになる人との出逢いがある。

これは別に怖い話でも、何か神秘的なことでもなくて、

そもそも、そんなに頻繁に起こることではないのだけれど。

ただ写真と謂う、コンマ1秒以下の世界を眺め、その中で生きていると

五感で謂うところの視覚、

つまり「みる・みえる」ということに対しての感覚が、

他より研ぎ澄まされるのかも知れない。

そんな氣がしている。



「写真とは全て関係性である。」

"photograph is all relation nature."

これは僕が自身の写真のテーマとして掲げている言葉で。

技術やカメラは勿論大切ではあるけれど、それ以上に結局これが全てだと。

そして写真を続ければ続ける程、その実感が増してきている。


撮影者対被写体として相手と向き合う時に、

どういう関係性の上で撮影するのか。

僕にとって、これはとても重要なこと。

例えば理想の風景が在り、理想の相手が居て、

そういう出逢いがあっても、理想の関係性まで至らなければ、

僕が求めている「写っている」写真には成り得ない。

そしてこれは一方通行では成し得ないことでもあるから、なかなか難しい。

逆に言えば、そこさえしっかり築けてしまえば、あとは撮るだけなのだが。


反面、例えば劇場などで公演の撮影をする場合などは、

カメラも含め、其処に居ないものになるか、

若しくは、例えば舞台隅にある転がしの照明やスピーカー等と謂った「もの」と同様になるか。

そこで捉えるべき関係性の中に自身は居ないから、出来る限り自分を消すことしか考えていない。

それも一つの関係性の築き方ではあるのだな。



ただシャッターを押すだけで、誰でも写真は撮れる。

写真とはそう謂うものだから。

そして綺麗だなとか、美しいなとか、可愛いなとか、格好いいなとか、

そう感じたものを残し、伝える為だけの写真も勿論ある。

けれども僕が撮りたいもの、

相手と共に、同じベクトルを抱きながら見たいもの、

これは、おそらくは一寸特別な時の流れの中に存在しているものなのかも知れない。

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僕に見えている風景を、相手も一緒に見てみたいと望んでくれて、

その上で、理想の関係性を互いに築き合うことで、

初めてその風景の中へと共に踏み出すことが出来る。

これは奇跡に近いことかも知れない。

けれど

奇跡は起きるし起こせるものだから。

僕はそう信じている。
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