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about daily life , just about photograph. 日常のこと。つまり写真のこと。


2015.12.02

pieces

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写真の中の親父は、今の自分よりずっと歳下だけれども、親父は親父で。

最期の記憶の中に居る親父の年齢も、今の自分はとうに越えてしまっているけれど

やっぱり親父は親父なのだな。

当たり前と言えば当たり前のことなのだが、

遺影として毎日手を合わせている写真を眺めていて

時々不思議な氣分になる。



小学生の頃、飲み屋へ連れて行ってもらったことがある。

一度目はカウンターだけの、小さな飲み屋。

おでんの、じっとりと湿り氣のある白い湯氣と、煙草の、少し渇いた灰色の煙が立ち込める店内。

僕は勿論バヤリースのオレンジジュースで、親父が頼んでくれたものを静かに食べて。

親父は、分厚くて少しくすんだ硝子で出来たコップに、

熱そうなお酒を、下皿に溢れる程、なみなみに注いでもらい、

得意げにこちらを見てにやりと笑い、小皿に縁取られた塩を指先に取るとぺろっと舐め

美味しそうに、ぐいっと飲んだ。

僕は、オレンジジュースには当然似合わないその塩を、

自分の小さな手の人差し指の先にちょんと付け、少し眺めてから、ぺろりと舐めて、

ちょっとだけ、大人の氣分を味わった氣になった。


二度目は焼き鳥屋。

決して酒は強く無かった筈の親父だったけれど、

その店は時々一人で飲みに行っていたところらしく、

「お連れがいるとは珍しい。それも随分若い人とご一緒で。」

「ちょっとね、弟を連れてきたよ。」

なんてくだらない冗談を、少しだけ嬉しそうに大将と交わしていた。

親父のコップの中身は勿論、あの熱そうなお酒だった。

僕は三ツ矢サイダーを瓶でもらって、親父のそのコップと同じコップに注いでもらい、

前回より、少しだけいい気分で、お腹いっぱい焼き鳥を食べた。

カウンターに座った小学生の僕の目線とちょうど同じくらいの高さに炭火の台があって、

串に刺さった肉の油が、炭にジュッと落ちて火が上がる度、少し煙が目に滲みたけれど、

何だかそれも嬉しかった。


大人になったら、同じようにこうして並んで、

コップに溢れんばかりに注がれた熱いお酒を、時々塩をぺろりと舐めながら一緒に飲むんだなんて

当たり前のように思い描いていたけれど、

そんなささやかな夢も、その焼き鳥屋へ行った翌年

まるで氣の抜けきったビールの泡のように呆気無く消えた。

もう随分と昔の話。


それから随分と長いこと、寂しいとも悲しいとも思わなかったけれど、

いつしかあの頃の親父の歳になり、その歳を越え、時々酒を飲むようになり、

色褪せるどころか鮮明に、あの頃の事を思い出すようになった。



ところで、親父方もお袋方も、酒は弱い家系にあって、強い酒が好きな僕は一体誰に似たんだか。

でもなんかね。

酒を飲むって、ちょっとだけ特別な、そしてちょっとだけ大切なことだったりする。

僕にとっては。

だから何って訳じゃないんだけどね。
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