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about daily life , just about photograph. 日常のこと。つまり写真のこと。


2015.11.26

trust

甘えられるのであれば、ただ黙って甘えればいい。

そうして癒され救われるのであれば、同時に相手も癒され救われているものだから。

甘えられる時に甘えることは弱いことでも悪いことでも無くて。

寄せては返す波のように、とても自然なこと。

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例えば何か事を為す上で、何を信じているか、そこを尊敬出来るか、し合えるか。

為そうとする事柄以前に、そういった部分の方が実は大切だったりするのかも知れない。


遠回りしなければ見えない景色もある。

その道程もその景色も大切ではあるけれど、もしも気付きがあるのなら、

思い切って道を変えることが大切で。

それは早いに越した事は無いのだな。


自分の一歩外側から自分を見る目を持つこと。

自身に寄り添い見てくれる目を一人でいいから持つこと。

一生懸命であればある程、人と謂うものは近視眼的になるものだから。



本当の事を伝えようとする時、嫌われる覚悟が必要な時がある。

「本当」が本当であればある程、鋭い矢の様に深く刺さり、心に痛みを伴うものだから。

そしてそれを放つ側の心にも同様の、時としてそれ以上の傷を刻むこともある。

何でこの矢が痛むのか。

何で怒りを覚えるのか。

その理由に気付くことが出来た時、

その痛みや怒りがいつしか自身の背を押す原動力になっていることを知る。

そして知ることが出来た時に、その矢を放った者が、果たしてまだそこに居るのか、居られているのか。


手が届く内に、取り敢えずでもいいから、離れぬように、しっかり掴んでおくことが大切で。

得てして「本当」が伝わること、「本当」を理解すること、それらには時差があるものだから。

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心の中の一番踏み入られたくない「場所」に、土足でずかずか入り込んで来るような人が、

本当に助けが必要な時、誰よりも助けになる相手だ、というのは、本当かも知れない。

本当に助けが必要な時に、それを求める手を挙げる余裕なんて無いのだから。
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